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2010年09月06日

MSX

このタイトルを見て1980年代のパソコン
を思い出せる人は少ないのではないだろ
うか。

実は、僕が小学校6年生の時にファミコン
の代わりに購入してもらった人生初めて
のパソコンはナショナルのCF2000だった。

通称「キングコング」だ。

今回は、正直に告白しなければならない。

中学3年生まで熱狂的なゲーム好きだった。

部活で外が真っ暗になるまでクタクタになっ
て運動をしてきたのに、夜中の1時、酷い
時には3時頃までサラリーマンの父親と連
日ゲーム対決をしたものだ。

今から思えば、とんでもない親子だった。

子は親の背中を見て育つというのは
本当だ。

ゲームを止めにくるどころか、隣に座っ
て本気で対決を挑んでくるのだ。

血マメができてバンドエイドの消費も激し
かった。

翌朝、部活の早朝練習には居眠りしなが
ら30分かけて競輪の選手のように全力で
自転車を漕ぎながら運動場に向かったも
のだ。

僕が睡眠をこよなく愛するのは、実は
中学時代にベースがあったのだ。

さすがに中学3年生になったらパソコンを取
り上げられて、7歳下の親戚に譲ることに
なった。

この時ばかりは、大切な兄弟と離れ離れ
になるようで、泣けてきたものだ。

逆にゲームを取り上げられたら、無気力状
態の五月病のようになってしまった。

画面と顔をわずか20cmくらいしか離さずに、
必死でシューティングボタンを家中に響き
渡る位に叩きまくる。

ライバルは1秒間に15連打できるという、
高橋名人だった。

それでも視力はずっと1.5以上をキープし
ていた。

言い訳をさせてもらうと、何かに打ち込む
集中力はこれで養ったと言える。

あと、MSXマガジン(通称Mマガ)なる雑
誌を購読して、後に慶応ボーイから経済
学者として活躍することになるN田H生
というクラスメイトとゲームの攻略法やプロ
グラミング等を大いに語り合った。

クラスではファミコンの話題で持ち切りな
のに、完全に浮いていた。

N田は僕が中学3年生でMSXを手離すこ
とを告白すると眉間にしわを寄せて寂しそ
うな顔をした。

・・・懐かしい。

MSXは、なんと!あの米国マイクロソフト
社とアスキーによって提唱されたパーソナ
ルコンピューターの共通規格の名称だ。

1983年のことである。

MSXが僕の学校であり先生だった。


...次代創造館、千田琢哉

★2010年7月刊『転職1年目の仕事術』
★2010年4月刊『20代で伸びる人、沈む人』
★2009年9月刊『こんなコンサルタントが会社をダメにする!』
★2009年8月刊『尊敬される保険代理店』
★2009年8月刊『存続社長と潰す社長』
★2009年6月刊『継続的に売れるセールスパーソンの行動特性88』
★2008年9月刊『社長!この直言が聴けますか?』
★2008年6月刊『THE・サバイバル 勝つ保険代理店は、ここが違う』
★2007年10月刊『あなたから保険に入りたいとお客様が殺到する保険代理店』

投稿者 senda : 2010年09月06日 00:00

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