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2010年08月02日

宮沢賢治

宮沢賢治は34歳で初めてサラリーマンになりました。

石灰肥料の販売担当でした。

宮沢賢治は明治生まれですが、当時から営業のセンス
が抜群でした。

まず、上司に対して報告・連絡・相談を欠かしません
でした。

判明しているだけで、出張中に会社に対して書いたハ
ガキが117通もあります。

わずか半年ほどの間にですから、平日はほぼ毎日の
ペースでハガキを書いていたことになります。

しかも、あのハガキのサイズに見事なまでにコンパクト
に進捗状況をまとめられていました。

さすがです。

これだけでも本にできそうです。

僕は、ぜひ出版して欲しいと思います。

また、当時からダイレクトメールの手法を使って新規開
拓をしていました。

印刷技術がまだまだ未発達だった当時に、なんとその
数1ヶ月で5000部送っていたのです。

賢治のもとには商品を買いたいという人が行列を作って
いました。

これは、見事なまでのマーケティングです。

一流のマーケッターでもあったのです。

また、雑誌に肥料会社が広告を出していました。

キャッチコピーは賢治が考えていたのです。

いかにして訴求するか、人の心を掴むのか、に対しての
視点はさすがとしか言いようがありません。

天才コピーライターだったのです。

そして出張中に病で倒れてしまいます。

療養生活中に秘密の黒い手帳に書きとめたメモが、

『雨ニモマケズ』

でした。

没後になって評価されるのは天才のお決まりのパターン
です。

何やらわかりにくい文章で様々な隠喩が含まれているの
ですが、どうもしっくりきません。

それもそのはず、最後のセンテンスになって初めて主語
が出てくるのです。

主語は「私」だったのです。

文章は常に主語が「私」であるべきだと、宮沢賢治先生
から僕は教わりました。

責任は他の誰でもない、いつも「私」なのです。


追伸.
作家はどんな仕事をしていても、作家なのですね。

追伸の追伸.
死ぬ間際にやっていたことこそ、その人の人生その
ものなんですね。


...次代創造館、千田琢哉

★2010年7月刊『転職1年目の仕事術』
★2010年4月刊『20代で伸びる人、沈む人』
★2009年9月刊『こんなコンサルタントが会社をダメにする!』
★2009年8月刊『尊敬される保険代理店』
★2009年8月刊『存続社長と潰す社長』
★2009年6月刊『継続的に売れるセールスパーソンの行動特性88』
★2008年9月刊『社長!この直言が聴けますか?』
★2008年6月刊『THE・サバイバル 勝つ保険代理店は、ここが違う』
★2007年10月刊『あなたから保険に入りたいとお客様が殺到する保険代理店』

投稿者 senda : 2010年08月02日 00:00

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