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2010年03月15日

祖父

祖父は大正11年生まれだった。

2007年の年末に亡くなった。

あの時代に珠算1級を持っていて、ついに最
後まで暗算で勝てることがなかった。

レベルが違い過ぎて悔しいとも思わなかった。

今から振り返って気づかされるのは、かなりの
自由人だったということだ。

僕と決定的に違うのは超ヘビースモーカーで
大酒飲みだったということだ。

社会人になってかなりの時間が経つまでその
祖父の価値がわからなかった。

祖父は毎日朝夕と近所の行きつけの喫茶店に
通うのが日課だった。

どんなに雨が降ろうとも雪が降ろうとも必ずで
あった。

しかもなぜか何年かおきにお気に入りの喫茶
店が変わっていた。

休みになると僕と妹を連れて喫茶店に行くこと
が生き甲斐のようだった。

家にいればタダでコーヒーなんて飲めるのに、
いったい何がそんなに楽しいのか理解できな
かった。

小学校の高学年にもなると、祖父と一緒に喫
茶店に行くのが恥ずかしいと感じた。

毎日2回の喫茶店以外にも祖父にはもう1つ日
課があった。

朝から晩までずっと団地の入口に立って道を通
る人通る人すべてにお辞儀をしている。

僕の実家はちょうど団地の入口にあったからだ。

現役の頃はトップセールスとしての成果が認め
られて会社の役員まで務めただけあって、根っ
からの商売人だった。

僕にはこれがたまらなく嫌だった。

「まるで頭を下げ続けるボケ老人みたいだ」

カッコ悪いな、と軽蔑していた。

「おじいちゃんなんか、早くいなくなってしま
えばいいのに」

とさえ思った。

亡くなる3ヶ月前にたった1つの質問をするた
めだけに岐阜の実家に帰ったことがある。

「どうして毎日団地の入口に立ち続けて頭
を下げまくっていたの?」

祖父は驚いた顔をした後、目をキラキラ輝かせ
ながら一生懸命に教えてくれた。

気づいたら僕は今、毎日スタバに通っている。

たぶん同世代の中で上位0.1%に入る位に、
自由人だと思う。

自分のDNAの声を聴いておけたのはよかった
と思う。

人は2度、死ぬという。

1度目は肉体が滅んだ時。

2度目はこの世界でその人間のことを知る人が
誰もいなくなった時。

つまり人類すべての記憶からその人の存在が
消え去った時が本当の死だ。

僕は自分の頭の中に祖父の記憶を反芻して、
何度も会話していきたいと思っている。


...次代創造館、千田琢哉

★2009年9月刊『こんなコンサルタントが会社をダメにする!』
★2009年8月刊『尊敬される保険代理店』
★2009年8月刊『存続社長と潰す社長』
★2009年6月刊『継続的に売れるセールスパーソンの行動特性88』
★2008年9月刊『社長!この直言が聴けますか?』
★2008年6月刊『THE・サバイバル 勝つ保険代理店は、ここが違う』
★2007年10月刊『あなたから保険に入りたいとお客様が殺到する保険代理店』

投稿者 senda : 2010年03月15日 00:00

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